私はまたこうして幻想を失った。
成人式というものに対して抱いていた何かしらかの掴みきれないイメージのようなものが、もはや現実に変わり、そしてそれは少しだけチープで、どうにも収拾が付かない気持ちに襲われる。
それに、私は多くの義務と引き換えに自由になれたはずであるのに、実際には腰に巻きついた高い高い帯のようにぎゅっと私を締め付け縛る何かが存在している。その影を確かめると私はどこかまた悲しくなって、どうしようもなく不安になるのです。
と、極限までネガティブで内向的な私ですが、それでもやっぱり着物を着て綺麗にしてもらって、昔の友達と話しをすれば、ああ私はちゃんと中身のある時間を過ごしてきたんだ、と気づいて晴れやかな気持ちになりました。
なんだか人生を生きていると遠い記憶は遠いところでだんだんその色を薄くしていき、今ばかりが見えて、まるで何の脈絡もないままにここにいて何かをしているような気になってしまう。
でもしっかりここまでの時間はあって、私が悩んだことも考えたことも努力したことも何も消えてはいなくて、それが足元に積んであったんだなあとなんだか感覚として私に気づきを与えました。
それに、確かに私は成人式というかつて幻想であったものを現実に変えそして過去に変えてしまったけれど、こうして時間が経ち色々なものを目で追いながら送っていくことで私きっとは多くのものを描けるようになっていけるのではないかとも思うのです。
きっとこういうことが積み重なって自分ができてきて、それがまた変化して、過去を認めて許して、そういうことの繰り返しで人生ができていくのかななんてことも考えます。
昔の私が思っていたようなキラキラした成人式ではなかったけれど、なんとなく私の過去、私の年少時代に終止符を打つにはちょうど良いくらいのものだったと思う。
最後に私が着た着物の一部でも貼っておこうかなと思います。
汕頭刺繍があしらわれた光沢のある、中国風の着物でした。
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