村上春樹『国境の南、太陽の西』について。

本について

こんにちは。今回は先日読了しました村上春樹の『国境の南、太陽の西』について書いてみようと思います。

あえて冒頭にひとこというなら私はこの作品について、「恋」と「現実」の相反性とそれに反発したいと思ってしまう人のさがのようなものを純粋に美しくファンタスティックに描いている小説なのではないか、というふうに見えました。

それでは次の項目から、作品のライトな説明、描かれていることについて、そして私なりの感想について書いていこうと思います!

『国境の南、太陽の西』

この作品は村上春樹によって1992年に書かれた作品で、これは順番でいうと『ノルウェイの森』そして鼠三部作の後日談的立ち位置である『ダンス・ダンス・ダンス』が出版された後の次の作品ということになります。

比較的初期の作品と言えるのではないでしょうか!

ですので私が読んだ感覚でいうと、初期の村上春樹らしいロマンチックで爽やかな文体やシーン展開はするものの、経験による文章構成や物語構築のスキルが上がってきている分「適度に頭で書いている」という印象も受けました。

個人的には、非常にバランスの取れた美しいラブロマンスであるといえる作品だと思います。

『国境の南、太陽の西』で描かれていることと、感想

 ここではこの作品の解釈や書かれていることについて私なりに考えて書いていこうと思います。(ネタバレ含みます!注意!)

この作品を私はすごく好きですが、その分読んでいてたびたびひどくつらい部分もありました。おそらくそれは、私が若過ぎてしまうからです。この作品に書かれているようなやり切れなさ、混乱、そして夢や理想や果てのない恋慕のようなものをリアルタイムで感じるような年齢であるからです。(歳を取ったらまた読みたいと強く思いました)

特につらく思われるのがこの作品では”夢想のなかに暮らすということは生きることを放棄することである”という教訓が語られているところです。つまり、現実で生きようと思うなら、そこに抱いてしまった夢は夢として存在するしか道がないのだということを言われるようで、そのことを悲しく思いました。

それから、この作品では良い意味でもそうでない意味でも、女性の気持ちが描かれていません。

良い意味でいえば、女性たちはすべてミステリアスに魅力的に見え、主人公を精神的に振り回す環境要因のひとつであるという性格がより濃く出るので、主人公視点で進む物語の構成としては非常に没入感を持たせることができているように思えました。

そこを非常にうまく表現できているゆえに、我々読者は息苦しいほどの悲しさを抱くことができるのだろうと思います。

よくない意味でいうのであれば、女性(とりわけ奥さん)の気持ちがあまり真剣には描かれないので、”主人公の環境要因のひとつ”という特色が強過ぎてしまい、冒頭で述べたような「頭で書いた」という雰囲気がしばしば見受けられるという言い方もできるのではないかと思います。

しかし、『海辺のカフカ』などに比べれば「頭」を感じないのでその意味で「ある程度バランスは取れている」とは感じました。

しかしその女性の心情の描かれなさによって、特に「妻」と「島本さん」の差異をしっかりと感じ、「島本さん」のもつ異様なまでの強いある種の引力を強く感じることができました。

そしてその夢のような力に強く共感し、心を動かされ、そういうある種の不思議な力と現実を生きるということの相性の具合悪さを感じて傷心できるこの作品は、やはり素敵なラブロマンスだと思います。

個人的には『スプートニクの恋人』とある種似たような、純粋な恋慕とそこと現実の相反性を描くスタイルのラブストーリー感を感じました。

現実に回収されていく主人公に私は最初、ひどく悲しい気持ちを抱きましたが、よくよく考えてみるとこの構図というのは恋や夢の力のようなものと「現実」の差をより広くするようなかたちを取っているとも考えることができるなと思いました。

つまり、現実に戻っていく「悲しみ」こそが、夢に夢たる美しさを与えているということです。

ですから私としてはどっちつかずな微妙な気持ちです(笑)

「僕」には全てを投げ打って夢の世界へ完全に行って欲しかったと思いながらも、そう思うほどに「恋」や「夢」を美しいと思ったのは、紛れもなく「僕」が心動かされながらも手に入れられなかった世界が現実であったからなのです。

そういうアンビバレンスともいうべき心的なバランスを大きく崩したかたちが、私をどうしようもなく切ない気持ちにさせるんだろうなあ。

そんなふうに解釈して、そんな寂しさを抱きました。

まとめ

 『国境の南、太陽の西』は、村上春樹ではマイナーと言われる部類の作品ですが、何か重苦しいテーマを感じないからこその、爽やかかつ憂愁の香り漂う美しいラブストーリーになっていて、作品としてかなり良いものになっていると私は思いました。

そして、やはり村上作品には独特の風が吹いていて時間が流れて、ひとつ世界が構築されていると思っているので、他の本を読んでもその前後には村上春樹を挟みたい、とどこか思います。いつも結局は村上春樹に戻り、力を得てからまたどこかに向かって傷ついて、また春樹に戻る……。それで春樹から、”いつもの傷心”を得て、私の座標を取り戻す。

村上春樹は私にとっていわば『世界の終りとハードボイルドワンダーランド』の”世界の終り”で、でも春樹は本物の”世界の終り”の門番よりも優しくて、私はいつでも現実に戻ったり”世界の終り”に引きこもることもできるのです。

とにかく、これからも村上春樹にいつもの傷つきを与えられながら、私が私でいられるように、本を読んでいこうと思います。

今回も、ここまで長々と、お付き合いいただいてありがとうございました!!

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