indigo la End 「夜漁り」に自作ショートストーリーを添えてみた

ショートストーリー

導入および注意事項

 この「夜漁り」は私個人的には曲の構成、歌詞ともに非常に好みである、そんな一曲です。

 そして、こちらはまったくの私的見解であり、何か公的なものに基づく見解ではありませんので、その点ご理解いただきますようお願いいたします。
 合わせて、この記事では私自身がこの曲に触れて感じたことから物語を綴ったものとなっておりますので、ご自身の中にこの曲への確固たるイメージなどがあり、それに抵触するような見解は見たくないという方はご覧にならないことをお勧めいたします。

 では、ストーリーをお楽しみください( ´ ▽ ` )/

ストーリー

 私の心は流体みたいにぼんやりとしていて、正確さを欠き、どうしようもない儚さを抱いたそんなものなのだ。そうそれはこれまでもこの先もこのままで、変化はない。いやそれは正確でないだろうか。流体と呼ばれるものはいつも変化している。でも流体という特性は変わらないから、それ自体をそれ自体たらしめる特別さを手に入れることはできない。そんなところだ。

 彼は突然いなくなった。何も残してくれなかったし何も伝えてくれなかった。ただ私が実家に戻る用事があって数日帰らない間に、布きれ一枚と残すことなく出ていってしまった。彼とは二年半の月日を同棲という形で過ごしたのだけれど、ここ最近の彼はどこか彼の中には彼しかいないようなそんな空気を漂わせていた。彼は何か思い詰めていたのかもしれないし、はたまた何も考えていなかったのかもしれないけれど、少なくとも私が何かしたということではなさそうだった。私への恨みや不満があるという状況以前に、私の存在そのもの、私という概念、それ自体が彼の世界にないというような感じだ。しかしだからといってまったく口をきかないでもない。言葉は交わしている。仲が悪いということでもない。関心がないのだ。

 しかしそれはあくまで彼の心の中の話であって私の心の話ではない。私は彼のことが好きだった。

 彼は以前は私のことを部屋の見えないところにあった埃同然に思うような、そんな存在ではなかった。夜の二時にまでふたりが起きている時、その夜は綿菓子のような夜になった。彼と私は発泡酒を飲んで体を温める。お互いがお互いを恋しいと感じて体温を求めはじめた頃、彼はピーナッツを一粒つまむ。それを奥歯で噛んで最後まで缶の中身を飲んでしまうと、私の缶の中身なんか気にしないで私の目を見つめる。

 「悪いけど。もう俺全身が熱い。」

 ここでいつも私は目を逸らしてしまうから、この時の彼の瞳を私は知らなかった。でも私は床を見て頷き、彼は私の方に回って首筋にキスをした。猫じゃらしを当てられているみたいにくすぐったくて、未来がちょっぴり怖くて、幸せだった。彼はいつも長袖を着ていたから、彼のぬくもりは既製品みたいな感じがした。いやそれだと理解し難いかもしれない。詰まるところ、彼を包む布それ自体が彼でもあった。だから少しは残していって欲しかったのに。

 この家に彼がくるまではよく夜に電話もした。つまらない話だ。それもなぜか夜の二時だった。我々にとっての二時はどんな時でもショートケーキの上の苺みたいに特別だった。でもそんな二時の力も消えていく。

「好き。」

「そんなこと言わなくたってわかっているよ。」

「もしもう会えなくなったらどうする?」

「猫って死んでしまう時姿を晦ましてしまうんだよ、知っている?」

「知らない。」

「そっか。」

「うん。」

「好きだよ、君のこと。」

 いつかのミッドナイトは姿を消した。彼を奪い去る夜中二時。深い眠りの中で猫がどこかに去っていく。やがてそれは見えなくなって、猛暑の日の映像のようにぐねんと曲がる。さようならも伝わることなく。捻れた醜い夜が私の体に伝ってゆく。

コメント