『地球滅亡前夜』

ショートストーリー

 はじめに

 こんにちは。今回は、『地球滅亡前夜』というショートショートをアップしてみようかなと思います。

なぜ突然作品をアップしようと思ったかというと、先日の文学フリマ東京37の直後、ありがたいことに「なぎさちゃんの作品を読めるのが半年に一回の文フリだけなのは寂しい!」と言っていただけたので、こちらのブログにもときどきアップしてみようかなあと思えたからです。

 ひょっとしたらここに載せた作品が文学フリマで今後制作する短編集などの本に入るかもしれませんし、入らないかもしれませんが、その辺りはご理解よろしくお願いいたします♪

この後ブログの形式上横文字で作品を載せますが、縦で読みたいよ、という方は下のリンクからPDFファイルをダウンロードできるようにしておきますのでやってみてください!

『地球滅亡前夜』本文

「明日地球が終わります」

 そのことを君に告げたのは私だった。

「地球はもうじき終わります」

 ともっともっと昔に、君が言った。

 そしてこう続けた。

「いつ終わらせるかは君が決めてくれ」

 そんなわけで今日は地球滅亡前夜だ。私が決めた。

 私はなかなかその決断をできず、そのせいでこれまで君に随分ひどいことを言った。けれどもうそれも充分だ。私は地球が終わることを受け入れられずに君に好き勝手なことをいうに留まらず、私は私を腐敗させ続けてしまった。私はその自分の腐敗臭に耐えられなくなった。永遠に続くと思われた地球で呑気に紅茶やコーヒーを啜りながら好きな本を読んで夢を追い、愛に見えないこともなかった生ぬるい酸素を吸って生きていた昔の私はもはやいなかった。地球が終わるとわかってしまえば、私なんてものはこの程度なのである。私は自分を、のんびりとした夢想家であるとそんなふうに思って信じていたが、地球滅亡を予感した私にはそんな性質は少しも残っていなかった。同時に、私の周りに漂い、私を生かしていた生ぬるい酸素は、愛に思われただけで正確には私の思う愛ではなかった。そういうふうに信じたかっただけなのだ。

 できることなら、そんなことは知りたくなかった。信じていたとき、それは私にとって確実に真実だったのだ。

「本当に地球は終わるの?」

 私は君に尋ねた。涙は不思議と出なかった。私は君が持って帰ってきた実家のお土産のマドレーヌを食べながら、膝を抱えるようにして回転椅子に座り、くるくると回って話をしていた。

「そうだね、自然のことだから」

 君はいかにも意味ありげに言った。

「うん?」

「僕らには測れないし、必ず限界があるんだ。それは仕方ないことなんだよ」

 それを聞いて、私はいきなり寂しい気持ちを抱いた。

「寂しいね……」

「でもね、」

「うん」

「いつ終わらせるかは君が決めてくれ」

 私は黙っている。

「それでいいの?」

「だって、君は悪くないから。全然、悪くないんだ」

「でも、地球滅亡は必ずもうじきやってくる」

 私は確かめるように君の目を見つめて、そう言った。サスペンス・ドラマの探偵が、証拠を並べるときのように、ゆっくりとしたたしかな発音で。

「そう」

 君は頷き、続ける。

「ゆっくり考えて」

 君はそう言いながら、マドレーヌの封を切った。マドレーヌは君に噛みちぎられ、咀嚼され、やがてマドレーヌとしての素質を失っていく。私は、地球滅亡を控えたことで、おそらく元の私とは違った存在になってしまった。マドレーヌも私も変わらない。何かに食されていることに変わりはないのである。

 地球滅亡を前にした君は、以前と比べて大きく変わってしまった。君は君のために生きるようになった。私はそんな君を見て、私も私のために生きてみようと考え試みた。好きな本を読み、映画を観て、思ったことをよく口にするようにした。

 何も変わらなかった。ただ、君のことを憎む数が増えて規模が大きくなってしまっただけのように思えた。私は君のために生きることで、私自身を支えていた。そのことを、芯だけになったトイレットペーパーを取り替えたときに実感した。やはり私は君に嫌われたくなかったし、地球滅亡の日を、あの日君に独断で決めてしまって欲しかった。

「トイレットペーパー……」

 一時間後くらいに君が言った。

「うん」

 私は君の言葉の続きを待つ。

「ありがとう」

 君は、口の筋肉を少し硬直させ、ぎこちない笑みを浮かべながら目尻の皺を少し引き攣らせた。

「うん」

 私が君よりもずっと上手い笑顔で頷くと、君はついに泣き出した。

「ありがとう」

 君は台所の辺りに立ったままぼろぼろと泣き続け、私はそれを正面から見ていた。君が泣き止むまで、君を見ていたいと思った。たとえ一部であれ、私のために流された涙が空気に触れ君の頬を伝って乾いていくのを、一粒残らず私が見届けて供養してやりたいと思った。君はぼんやりともうひとこと呟く。

「ありがとう、いつも」

 私はやはりにっこりと笑って、それが最後の一粒になるように願いながら、君の右頬のしずくを親指で拭った。君はバツが悪そう眉間にやわらかく皺を寄せて泣こうとしたように見えたけれどうまく泣けず、私の肩に体を預けた。私は呆れたような口ぶりで、微笑を浮かべ、こう言う。

「もう地球は終わるのよ」

 君は「そうだね」と二回頷いた。

「おまけに僕が決めたことだ」

「うん」

「この地球は、僕らの一存で崩壊しうる危うい城なんだ」

「うん?」

「でも僕はそんなことも知らなかった」

 君は私を抱きしめた。君の腕はその涙のせいかやけに熱かった。

「私も知らなかったよ」

 君の呼吸は浅い。私は君の背中をさすりながら。虫が鳴くような小さな声で「大丈夫」と言い続けた。あるいはその「大丈夫」は私の鳴き声だったのかもしれない。君は何度も頷いては鼻をすすった。

「明日地球が終わります」

 私は君が泣いた翌日、そう言った。もう君に泣いて欲しくなかったし、泣けなかったとして泣けないことを憂いて欲しくもなかった。

「まだそれやるの?」

 君はそう言って秋の日差しみたいに、愛おしげに笑った。私も笑った。

「荷物はそれで全部?」

「うん、考えてみたら要らないものばかりだった」

「そっか。あとは適当に捨てておくよ」

「うん」

 ひとしきり沈黙が流れた。二人で布団に向かい、いつものように君が私の左に寝転がる。それを確認して私は電気を消す。電気が消えただけで、空気の密度がぐっと増えたように思えた。呼吸も声もやけに響く。

「地球滅亡前夜」

 私がそう言うと、君が小さく笑う。

「おやすみ」

「おやすみ」

 秋の風が吹いていた。少し乾いていて、体を冷やす、そんな風だ。でもどこか甘い花の香りも流れ着いて、私はそのありかを探すように遠くを見た。

 君の声が後ろから聞こえる。

「ありがとうね」

 私は振り返る。

「こちらこそね」

 微笑。

「また一緒に暮らせたらいいね」

「いつかね」

 微笑と奥歯の擦れる音。

「もういくね」

「またね」

「またね」

 少しだけ口元の筋肉に力を入れる。目を閉じ、開ける。手を振り、ドアを閉めた。私は火星に移住する。滅亡した私の地球に君を置いて。ドアの閉まる音が頭に残って、いつまでもいつまでも消えなかった。

 

 

 

 

 

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