導入
お洒落で且つ、意味深な歌詞が散りばめられたあいみょん「今夜このまま」の歌詞からストーリーを作ってみました!
そして、こちらはまったくの私的見解であり、何か公的なものに基づく見解ではありませんので、その点ご理解いただきますようお願いいたします。
では、ストーリーをお楽しみください( ´ ▽ ` )/
ストーリー
「行けるよ。アルバイトの後でいいかな。」
「いいよ。じゃあ、いつものところで。」
「わかった。」
甘い声だ。彼はいつも、甘い声で私を誘う。夜だけね。
無限に広いようで、一度選んでしまえばそれでその先が決まってしまうような狭っこい世界で、私と彼は恋人にはなれなかった。しかし彼としては、元々からそういうつもりだ。彼の都合の良い時、彼が人肌恋しくなったとき、そういう時にしか呼ばれることはない。それが不定期だから、私はその機会を大切にするために、必ず予定を空ける。まったくの悪循環だ。
青くも、赤くもなく、ただ深く、黒い夜。その夜にポッカリと浮かぶ煌びやかな街。その一角に我々は吸収される。彼が私の腰に手を回して、反対の手で髪を撫でたら私の夜ははじまる。埋もれるしかない。どうしてキスしたくなるのだろうか。抱かれても良いと思えるのだろうか。彼にとっての私の位置くらい心得ているにも関わらず。夜というのは不思議なものだ。
そんな彼との出会いは半年前に遡る。
あれはよく晴れた日中を魔の前で見送った夜のことだった。
私の所属していたオールラウンドサークルの飲み会。どうしてかはもう忘れてしまったが、とにかく私は遅刻する羽目になった。もう幹事には伝えていたので特に急ぎもせず会場に向かった。大学の最寄りから電車で目的地の最寄りに行く。少し寂れた駅だ。改札を抜けてから繁華街に出るまで妙に寂しそうな、それでいて陰湿な空気が立ち込めている。ため息をついて、青いペンキがボロボロに剥がれた歩道橋に足をかけたそのとき、彼に出会った。同じサークルであることはわかっていたが話したことはただの一度もなかった。彼は私の名前を呼んで、一緒に行かないかと誘った。私は気が進まなかった。彼は容姿も麗しく、性格は気さくでユーモラス、運動やキャンプなど、何をさせても上手くこなした。しかしそんな私の戸惑いに反して、彼は気がついたら私の横にいた。
「ねえ、君は文学部でしょ?俺さ経済学部だからどんなことしているのか気になる。」
「本読んで深読みしてるだけ。」
「ふうん。君はどんな本読むの?」
「現代文学。まだ生きている作家を研究することさえあるの。」
「そうか、なんだかすごいんだな。」
彼はめっぽう興味がなさそうであった。私も同様彼に興味はないし、かと言って自ら語りたいと思えるものもない。私たちは一定時間無言になっていた。周りの音や、酔っぱらった人々の笑い声、若い女の子たちがはしゃぐ様子。そんなものが私の五感からそっと退いた。もはや自分には彼と私の足音しか聞こえない。何か喋らないと後悔する。恋したのかもしれない。彼のどこに?そんなことはわからない。恋とはそういうものだろう。
「ねえ、あなたは、なぜ飲み会に遅れる羽目になったの?」
「バイトだよ。急に入れっていわれてさ。」
「大変だったね。」
「君は、急いでないの?」
「急いでないね、そういえば。」
彼は不思議そうな顔をした。おそらく、そんな顔をした。街灯のわずかな光に頼って彼を見たので、正確かはわからない。
「俺ね、行きたくないわ。あの顔が魚みたいな気持ちの悪い先輩いるじゃん。あいつ、彼女が欲しいみたいて、俺にお膳立て頼んできやがったんだよ。バイトで行けるかわかりませんとは言っておいたんだけどさ。」
私はここで長年手に入れたかった何かが手に入るような気がした。それは何かって、その時にはもちろんわからなかったが今ならわかるかもしれない。愛だ。それも異性から貰わなくちゃいけなかったし、血縁者からもらうのはご法度であった。私は彼にその影を見た。だからこう言った。
「良いんじゃないの、行きたくないなら行かなくてもさ。」
それから始まった、泡のような関係。ちょっと間違えば弾けてしまうけれども、綺麗な丸をしていて美しい。私はこの泡を本当ならビー玉くらいには変えてやりたい。しかしそんなのは無理な話だ。スーパーボールにすらなることはないだろう。わかっていながら離れることができない。
案の定その夜、私は彼に初めてを捧げた。彼はどう思ったのだろう。遊び相手とはいえ、少しは悪いと思ってくれただろうか。そんなことわからない。
私はその次に会う約束をしたとき、普通のデートがしたくて、私はその餌に占いを用意してみた。実は自分はカード占いができるからカフェでそれでもしようと誘ったわけだ。もちろん嘘である。それを見抜いたのかそうでないのかはわからないが、彼ははじめ承諾したにも関わらず、適当な理由をつけて当日に私のその依頼を断った。それから、彼の誘ったとき以外は会えなくなった。
嘘や、偶然の創作も、私が愛を欲していたことに起因するのだ。そんなにそれは罪なことだったの?
夜の華やかな光に埋もれて、ブルーのルームライトに呑まれて彼は私のキャミソールのひもを肩から外す。私は彼の目を見ている。大切だと、愛していると、言って欲しくて見つめる、でも君は言わないのだ、絶対に。
彼は誰かに見つかるかもしれないから、と私のことを家に送ってくれることはない。顔を出したばかりの白い光が、夜の黒と混ざりあって群青に輝く。やがては勿忘草色に変わっていってしまうのだろう。
影が薄くなって、この夜の悲しみもどこかへ流れて、切なさが残るとまた君に会いたくなる。
いつか彼と優しい夢を見て、夜も朝も越えて、流れていける日が来るように願いながら始発を待つ。ポケットティッシュの袋から取り出され、捨てられた広告のような気持ちを抱いて、銀色のベンチに溶け出すように腰掛けていた。
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