あいみょん「マリーゴールド」に自作のショートストーリーを添えてみた

『マリーゴールド』イメージ画像ショートストーリー

導入

 曲調も明るく素敵な「マリーゴールド」の歌詞からストーリーを独自に考えてみました。

 そして、こちらはまったくの私的見解であり、何か公的なものに基づく見解ではありませんので、その点ご理解いただきますようお願いいたします。

 では、ストーリーをお楽しみください( ´ ▽ ` )/

ストーリー

 缶チューハイと枝豆の入ったビニール袋を下げて、コンビニエンスストアから出てくる僕は、人々からどう見えているのだろう。店の前を通るあの女性は僕を一瞥して、「エコバッグもないのかよ」と心の中で僕を叱責しているかもしれない。あの高そうなスーツを着た中年の男性は、僕の酒とつまみのセンスが無いと思うかもしれない。僕は男のくせに、アルコールの割合が少ない、桃の味のチューハイが好きだ。ビールはなぜか、好きになれない。

 今日もつまらない一日であった。面倒な業務に、長時間に渡って噛まれたガムのように粘着質な上司。それ自体にも嫌気がさすが、僕自身の頭の中がそのようなことに支配され尽くしているというその事実が最も僕の心を暗くした。帰り道の途中にある街灯が、スポットライトみたいに僕を照らし、挙げ句の果てに嘲けるように笑った。僕は下を向いてその光から逃げるように家路を急いだ。

 家に着くと僕は手を洗い、スーツのまま机についた。そしてチューハイの缶を開ける。就職してから数年、僕には彼女の一人もできなかった。しかしそれは、僕がそういうことに対してなにも働きかけずに、ただ待っていた結果というわけではない。実のところ、出会い系サイトや婚活アプリの類も使った。しかしそこで僕は気がついた。僕の心は実はまだあの場所に留まっているのではないか。今ある結婚願望というものはそもそも、なんとなく寂しいだとか、社会的な目線を気にしてだとか、そういう心の動きに基づいたものだ。本物の恋心やら愛情やらに起因するものではない。

 今やそれらは、知らず知らずのうちに僕が抱きかかえていた、実体のない雲のような記憶だ。それも、僕だけに見えている雲だ。

 あの四月のやさしく、綺麗な日。僕は彼女に一目惚れをした。髪の毛は、水泳教室に通っていたであろう彼女の過去を思わせる、焦げ茶色。おおかたまっすぐに伸びているが、枝毛も所々に見つかる。肩のあたりで切り揃えられていて、風が吹くたびに小さく揺れた。彼女の横顔はすっと細く、目は奥二重で、唇は薄い。僕は彼女のその自然な雰囲気に、計り知れない魅力を感じた。つまりその日、僕は高校一年生の入学式で初恋を経験したのだ。

 僕はそれからどのようにして彼女に近づくべきか考えた。彼女は僕のことを知りもしない。幸いクラスは同じであったが、僕は特に目立つタイプでもなく、運動も勉強も容姿もそして会話すら平凡であった。関わるのに無難そうな男子に声をかけ、彼としか言葉を交わさないようにしていた僕とは裏腹に、彼女は入学からわずか一週間も経った頃にはクラスの中心的な存在の女子と行動を共にし、男女問わず話をするようになっていた。

 しかし不思議なことに、僕と僕の友達の彼は、彼女に話しかけられることはなかった。僕は彼女と話をする機会をつくりたいと思い、彼とも話しながら考えた結果、彼女の靴箱に手紙を入れておくことにした。指定した場所に来てほしいという趣旨の手紙だ。この案を思いつくまでにあまりにも苦戦したので、中学生の時に恋のひとつでもしておけばよかったと少しだけ後悔した。

 僕は当日の放課後、指定した場所で彼女を待った。母校の屋上は立ち入り禁止であったので、屋上につながる階段だ。ここなら誰にも見られまい。僕はどきどきしながら、告白してしまうか、友達になってくれと申し出るか迷っていた。

 しばらくすると、階段の上についたガラス窓に浮かんでいたオレンジ色の光が徐々に薄れ、やがて退き、青っぽい影が出始めた。

 「おい、完全下校時刻だってよ。」

 彼だ。彼が迎えに来た。結局彼女はこなかった。もし彼女が来て、僕が「君と話がしてみたかったんだ。」と言ったら、彼女はなんと言っただろう。「何言ってんのよ、話しかけてくれたらよかったのに。」とでも言ってはにかんだだろうか。あるいは、「実は私もそうだったのよ。でも私、恥ずかしくってなかなか思うように話しかけられなかったの。」と言って少し下を向き、顔をあからめただろうか。

 その日は彼と帰りながら、一言も話さず、そのようなことばかり考えていた。結局、夏休み前になって、彼女が幹事のクラス会のようなものの企画の際に、僕と彼女は話すことになったがいずれも業務連絡であった。しかし彼女は優しく穏やかで、それでいて自分の想いをはっきり言える、強い人であることが、数少ない会話から読み取れた。

 クラス会のようなもので行った海ではいつもの如く、おおかた彼としか口をきかなかったが、彼女の水着姿はとても美しく、可愛らしく、それを遠くから眺めているだけで幸せな気分になった。彼女は僕の生命力そのものであった。

 もしも二人で海へきたらどうだろう。浜辺に走っていく君。それを追いかけていく僕。そのまま心の距離を縮めた二人は同じ部屋に泊まる。しかしそこではキスをするだけで、そのまま寝てしまう。そして次の日二人は大きな公園でピクニックをし、まだ陽が出ているうちに電車に乗り込む。君は僕の肩にもたれて、すやすや眠ってしまうから、僕はその髪の毛を優しく撫でてあげるのだ。嗚呼、なんて良い日なのだろう。僕は感慨に浸りながら、窓の外の景色をみる。そのうちに地元に着いて、僕が起こすと彼女は目を覚ます。「まだ眠いよ」と言いながら、ゆっくり歩いていたくせに、目が冴えてくると急に早足になって僕の前を歩く。そして振り返ってこう言うのだ。「お腹すいた!牛丼でも食べに行こう。」そして僕はその言葉に思わず笑ってしまう。笑いながら「牛丼で良いの?」と聞くと、彼女は「牛丼が良いの!」と笑顔。その振り向きざまの笑顔がマリーゴールドみたいでとても可愛らしい。牛丼屋だからと思って調子に乗って豚汁やサラダやトッピングを追加して結構な金額になるけれど、そんなことはその時の僕にとってはどうでも良いことなのだろう。 

 外の色が、群青色の時間を示した。チューハイはもう終わりそうだ。まだ少し夜は残っている。僕はまだここにいたい。非現実の中にある、初恋の続きに。牛丼屋の帰りは僕が家まで送ってあげよう。僕は一人暮らしのこの部屋の窓に、ゆっくりとカーテンを引いていった。

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