椎名林檎「至上の人生」に自作ショートストーリーを添えてみた

ショートストーリー

導入および注意事項

 そして、こちらはまったくの私的見解であり、何か公的なものに基づく見解ではありませんので、その点ご理解いただきますようお願いいたします。
 合わせて、この記事では私自身がこの曲に触れて感じたことから物語を綴ったものとなっておりますので、ご自身の中にこの曲への確固たるイメージなどがあり、それに抵触するような見解は見たくないという方はご覧にならないことをお勧めいたします。

 ではストーリーをお楽しみください( ´ ▽ ` )/

ストーリー

「僕が悪かったんだ。君をずっと愛すると宣言したのにそんなことすら守れなかったのだから。」

 私はひどく惨めになった。古めかしくて霊でも出てきそうな旅館のとある部屋の中で訳のわからない浴衣を羽織り、刺身を醤油につけながら。

「私に魅力がなかったのよ。詰まるところね。」

 古くて高級な旅館のご飯は決まってまずい。ましてこんなところに連れてこられてまでこんなにも薄く、汚く、甘っちょろい言葉をかけてくるくらいならファミレスで十分であった。この後就寝、そして朝の支度、帰りの新幹線。一体どのようにして過ごそうと考えているのだろう。そう思って顔を上げると、今度は風呂上がりにも関わらず髪の毛が妙に固まった彼が俯いた。

「実はさ、子どもができちゃったんだ。その、同窓会で出会った保育士の女の子との間に。」

「ああそう。私は仕事もできて学歴もあるの。あなたにとっては可愛くなかったよね。」

「いや君は悪くないんだ。」

……。

 帰りの新幹線では何も喋らなかった。二時間も、まるっきり話すことはなかった。ただ新幹線を降りて電車に乗り、赤羽についたところで彼が「ごめん。」といって降りていっただけだ。私は羞恥心さえ覚えた。悲しみの影はどこからともなく私の背中に空気の粒一つさえ入れずにはりついた。あの旅館でつけてきた霊なのかもしれない。

 そんなことが一年ほど前に起きた。今でも彼の言葉を思い出すと身体中に蜘蛛が這うように悪寒が走り、嫌悪の年が満ち満ちていく心地がする。そしてなんといっても惨めになるのだ。

「僕が悪かったんだ。君をずっと愛すると宣言したのにそんなことすら守れなかったのだから。」

「お願い、黙っていて。」

 あの日、そういってしまったらよかったのだ。そうすれば何もかも解決した。一年間もおかしなものにとりつかれなくて済んだのだ。それは私に人生にとってあの日がとても大きなウィーク・ポイントであったことを物語っている。

 彼とは大学で出会った。過酷な受験勉強の果てにこのような未来が待っているとは思わなかった。大学に入ったばかりの私は、今の年齢になった自分に羨望の眼差しを向けていた。幸せで自由だと思い込んでいたのだ。それはどこまでも愚かなことであった。一方今の私といえば、彼女にアイロニーを含んだ冷徹な目を向けている。馬鹿馬鹿しいから何もかもに希望を持つのはやめておけと叫んでいる。でも結局、なんであれその羨望がもたらすプラスと、今の私がもたらすアイロニーが引き合って仕舞えば±0だ。その事実は変えられがたい。そんなふうに、普通なんて嫌で、はみ出していないなんて嫌だと思ってもそうはいかないこともある。だってこの場合、私は過去の自分をアイロニーを含んだ目で見つめないわけにはいかないのだから。

 でも彼が好きな時だって確実にあったのだ。その時見えた世界の絢爛たるや、忘れがたい。それがいつだって安らぎになっていることは事実だ。しかしその後に私を襲う猛烈な羞恥が訪れることもこれまたわかっている。まるで覚醒剤のような男だ。しかしだとしたら、覚醒剤を打ち切るのも覚醒剤を服用した私の責任であるのだから、うまいこと断ち切って見せよう。

「お願い、黙ったいて。」

 その夜、そう言って旅館から颯爽と立ち去り、生きる決意をする夢を見た。

コメント