村上春樹「鼠三部作」の私的考察と感想

村上春樹

 こんにちは。今回村上春樹氏の「鼠三部作」と呼ばれる三冊を読了したので、感想を書こうと考えました。

 私はもともとすごくゆっくりと本を読むタイプなのでTwitterを見てくださっていた方には、感想記事をあげるのが遅くなってしまったことをお詫びしたいと思います。

 まず鼠三部作とは何かということについて言及し、それから全て読んだおおよその感想をこちらの記事では述べていこうと思います。

 本ブログで展開する予定の「鼠三部作感想シリーズ」は、こちらの記事を一つ目として、三部作それぞれの感想、そしてまとめと、いくつかに分けて載せていくつもりです!詳しい私的解釈と感想はおおよそ次回以降ということになりますのでよろしくお願いいたします。

1、鼠三部作とは

 鼠三部作とは、村上春樹氏のデビュー作「風の歌を聴け」から始まり、「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」の三作品をまとめた呼称です。それぞれには、歳をとるごとにナイーブさを失う、どこか現実的で人間的な面の露見しにくい「僕」永年ナイーブで感傷的で僅かに頑固さも持ち合わせた「鼠」という人物が必ず登場します。

 「風の歌を聴け」、「1973年のピンボール」は青年時代の二人の出会い、そしてそれぞれの思いや考えていること等、二人の根本的な人間としての性質を、大きなメッセージを含んだ芸術のような文章で表したというような作品となっています。

 「羊をめぐる冒険」では、そんな二人に巻き起こる大きな事件のようなものが題材になっています。芸術的な文章も全体に散りばめられていますが、どちらかというとストーリー重視な展開になっているように思えます。

 そんな作品が三つセットで鼠三部作または、青春三部作と呼ばれているというわけです。

2、全体を通したざっくり感想、解釈

 まず、「1973年のピンボール」では、「羊をめぐる冒険」に巻き込まれる前の「僕」と「鼠」の青春を、二人の想いやそこに巻き起こる出来事の描写がおおよそ五対五になるように年を跨いで描いているということが前提としてあります。その中で、「風の歌を聴け」はその青春の最中にあった「僕」のある夏の帰省にスポットを当てた物語を主軸としているということも鼠三部作を考える上で前提となってくるのではないかと思います。

 私はまず「風の歌を聴け」を読了し、鼠三部作という枠組みを知らないまま「羊をめぐる冒険を読みました。そして鼠三部作という概念を知ってから「1973年のピンボール」を読みました。

 のその強い感性と情緒的な構えが、狭くそして鋭利に備わっていることでその異質さや美しさに付随して脆弱さも見え隠れします。

 しかし彼の放つ雰囲気というのは、作品を通して変わっていきます。私にはそれが悲しく思えて仕方がありませんでした。

 彼は、「羊をめぐる冒険」で羊に支配されなくとも、支配されてしまいそうな心の状態にあったのではないかということです。そういう状態に、彼の本質や考え方が導いてしまったのだと思うのです。そして彼自身のそれらを守り抜くために、彼は自分を追い込まなくてはいけなかった上に、色々なものを捨てざるを得なかったという現実もあります。

 「風の歌を聴け」では彼は秋にかけて落ち込んでいく気持ちを抱えつつも正気を保っていました。そして何より「自我」とそれに基づく言動がはっきりしています。鼠自身が貧乏を嫌っていたり、大学を辞めてしまったり、小説の性表現についての議論を「僕」としたりするなどということからそれが読み取れます。

 しかし「1973年のピンボール」では、彼がそういったことについて自我を持ってはっきりとした彼なりの答えを提示していく、そういう議論が見られません。特に印象的な議論のシーンといえばジェイとの話などで、そこには悲しみや不安などの心の問題が深刻に絡み合っているように思えます。彼がとってもナイーブに描かれるのです。

 「風の歌を聴け」では「考え」をもとにはっきりと会話をし、それに基づき「大学を辞める。そして自らを啓発させられるような小説を書く。」という明確な方向性を定めて実行しました。

 しかし「1973年のピンボール」では「女を捨て、この街を出てどこか知らない街に行く。」という結論を不安を抱きつつ、選択します。彼は「1973年のピンボール」ではその選択に二の足を踏んでいるように見えますが、「風の歌を聴け」では「街を出る」という選択に対してこのように述べられていることがわかります。「自分が金持ちだということに耐えられな苦なる時がある」と言い、それに対して僕が「逃げ出して仕舞えばいい」というと、「それが一番良いんだ。知らない街にでも行けば良いんだ」と鼠が答えるのです。金持ちであるという呪縛に耐えられなくなった鼠は、大学にも戻らず、女も残して街を出る決意をしています。その経緯もはっきりとしているのです。

 しかしその時が近づくにつれてナイーブになっていくのです。そしてついにジェイズバーにて「決めかねている」と話します。このシーンはとてつもなく悲しいです。

 序盤に書いたように、「」は鼠とは真逆とも言って良いような性を持ち合わせています。僕の性格については「風の歌を聴け」にてジェイも「良い奴だけどあんたにはどこか悟り切ったようなところがある」と言及しています。反対に鼠は自分というものの中で忙しく走り回っているようなタイプに見えます。

 「僕」は鼠とは異なりそういう自分、そしてその他の事柄から一歩距離を置いて生活しているわけです。しかしそんな彼も鼠三部作を通して変わっていきます。「羊をめぐる冒険」のラストの方では前よりもっと多感な人間になっているように見えるのです。

 涙したり、愛や寂しさを感じたり、心動かされたりと、「耳の素敵な女の子」「羊男」そして「鼠」を通して実に人間らしくなっていくように思えます。しかし彼はそんな目まぐるしく心を揺さぶられる日々の中で自分を保つように自ら働きかけてるようにも見えます。また、現実で仕事をしつつ毎日を送る中でも自分を保つために感情をセーブしていたように思えます。実際共同経営者には、「君は昔はもっとナイーブだったぜ」と言われるシーンもありました。「僕」はそれに対して「そうかもしれない。」と答えました。

そして「風の歌を聴け」にて明かされていた彼の全く言葉を発さなかった少年時代と、その後急に喋った挙句熱を出し、そのあとは喋らなくも喋りすぎもしない人間になったという経緯がありますが、彼は「羊をめぐる冒険」を経て本当の意味で「完全なる普通の人間」になっていくのではないかと思うのです。

 私はそんな二人を見ていて、特に鼠の心の変遷なるものについて虚しさを感じ、そして自分の中の情緒を揺さぶられる、そういった感覚を抱きました。鼠の最後は、まるで鼠自身が「羊を葬る」という名目で「自分自身の腐敗を止める」ようなそういう感じがしました。腐敗を止めるという言葉の持つ現実性の通り、彼は「風の歌を聴け」にて持っていた強くて特異な意思のようなものから死を選んだのではなく、「羊」を呼び寄せるそのナイーブさがもたらす彼への圧迫を受け続けることで耐えられなくなった彼自身の心を救うための「仕方なかった」行為に過ぎないという論理が浮かびます。

 そんな鼠の、不可変的で先天的な性が悲しくて仕方がないのです。

 しかしそれが死を招いてしまったという結果に関してはこれでよかった気もします。そこで彼が万が一生き残ったとしたら、もしくはその死を「僕」によって止められていたら、彼は彼として完結するということを免れてしまうからです。そしてそんな鼠という存在が「僕」の人生の中に現在進行形であり続けることによって「僕」の変化は止められてしまいます。それでもよかったのかもしれませんが、そんな「僕」の辿る人生が語られたその物語の芸術性というものを保つという観点で見れば、必要不可欠な流れだったのだと思います。

 ざっと、「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊をめぐる冒険」を通して読み、「僕」と「鼠」そして全体の流れ、それらについて考えたこととそこへの感想を綴ってみました。それぞれの細かな解釈そして感想や、全体を通した解釈と感想につきましては今後少しずつ分割して記事を出していこうと思いますのでよろしくお願いいたします!楽しんでみていただけたら嬉しいです。そして批判の意味、同意の意味、そのどちらの方面からでも自身の解釈のヒントにしていただけたらそれもまた嬉々たることです。

 それでは次の記事もお楽しみに。

コメント

  1. ヒロ より:

    鼠が羊を葬ることによって、「自分自身の腐敗を止める」というのはとてもハッとさせられる表現でした。
    自分自身のだらしなさややりきれなさ、そういった要素を一緒に葬った。
    とても悲しいことですが・・・。

    そして、その行為の仕上げを手伝うために「僕」を呼び寄せたという事実に切なさを感じます。
    こういう形でしか、再会できなかったのかなぁって。

    「不可変的で先天的な性」っていう表現が素敵だし、鼠の本質を言い当てているように思います。
    なにか、太宰治を思い出しました。

    • かからいすなぎさ より:

      コメントありがとうございます。実は、しっかりとしたコメントくださったのはヒロさんが初めてで、非常に感激しております。本当に嬉しいです。

      考えれば考えるほど悲しいですよね。これ以外の方法で再会してしまったら、それは鼠にとってよくないかたちになってしまったのでしょう。しかし物語としては、素敵な終わり方でしたよね。とてつもなく悲しいですが……。

      表現に関してもお褒めの言葉ありがとうございます。
      これからも正確で綺麗な言葉をうまく使えるように、頑張っていきます。

      ヒロさんにコメントいただいて、ブログの方、もっと精進しようと思いました!ありがとうございます。

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